2026年上半期のベトナムは、過去最高の電力需要を記録しながら全国の供給を維持しました。ただし、これは工場や事業所で停電が起きないという意味ではありません。全国需給が安定していても、地域の配電障害、変電所の過負荷、落雷、工場内設備の不具合によって、停電、瞬時電圧低下、瞬断は発生します。
製造業では、数秒の電圧低下でも制御機器が停止し、仕掛品の廃棄、設備の再設定、品質再検査、納期遅延が発生する場合があります。この記事では、ベトナム商工省とベトナム電力公社(EVN)の公表値をもとに、2026年の需給、地域別リスク、停止損失の計算、UPSと発電機の選び方、工業団地選定と停電BCPを実務目線で整理します。
先に結論
- 2026年上半期の全国供給は安定しましたが、最大需要は5万7,189MWで過去最高を更新しました。
- 全国の電力不足、地域の配電障害、工場内の電力品質は、別のリスクとして評価する必要があります。
- 工場では長時間停電だけでなく、数秒の瞬断や電圧低下が大きな損失を生む場合があります。
- UPSは瞬断から発電機起動までをつなぎ、発電機は長時間停電を支えます。どちらか一方だけでは不十分です。
- 停電履歴、受電構成、停止損失、復旧手順、契約・保険を拠点単位で確認することが重要です。
2026年のベトナムで停電は増えているのか
結論から言えば、2026年上半期にベトナム全土で大規模な計画停電が常態化したわけではありません。ベトナム商工省によると、発電量と輸入電力量は推計1,711億kWhで前年同期比9.5%増、商用電力量は約1,518億kWhで同9.67%増となり、急増する需要に対応しました。
一方、5月27日の全国最大需要は5万7,189MWに達し、過去最高を更新しました。北部でも最大需要が約2万9,900MWまで上昇しています。供給を維持できたことと、将来も十分な余力があることは同じではありません。

ハノイでは、停電予定を伝える情報がSNSで拡散しましたが、電力会社は広域の計画停電を否定しました。商工省は同時に、局地的な系統過負荷による障害が発生したことも説明しています。「全国で電力が足りるか」だけでは、個別工場の停止リスクを判断できません。
電力リスクは3つの層に分けて考える
ベトナムの停電を調べるときは、全国需給、地域配電、工場内設備の3層を分けます。ニュースで全国供給が安定していても、自社の受電点で電力品質が安定しているとは限りません。
| 層 | 主なリスク | 確認先・記録 |
|---|---|---|
| 全国の電力需給 | 猛暑、渇水、燃料不足、発電所停止、輸入制約 | 商工省、EVN、国家給電指令 |
| 地域・工業団地の配電 | 変電所過負荷、送電線障害、工事、落雷、計画停止 | 工業団地運営会社、地域電力会社 |
| 工場内の電力品質 | 電圧低下、瞬断、高調波、接地、保護装置の誤動作 | 電力品質計、設備アラーム、保全記録 |
原因の層を間違えると対策もずれます。全国供給不足に対しては操業時間の調整や長時間バックアップが必要ですが、工場内の瞬断に対してはUPS、保護設定、接地、配線の改善が中心です。
ベトナムの電力需要が急増する理由
製造業と都市部の消費拡大
製造業の拡大、工業団地の新設、データセンター、商業施設、集合住宅の増加により、ベトナムの電力需要は伸びています。生産設備だけでなく、冷却、圧縮空気、排水処理、物流設備も同時に増えるため、工場の契約容量と変電所の増強が需要に追いつくかが重要です。
猛暑によるピーク需要
2026年5月には北部を中心に厳しい猛暑が続き、全国の最大需要は前年同期比13.5%増まで上昇しました。気温が急上昇すると、工場と都市部の冷房負荷が同時に増えます。年間使用量が足りていても、特定の数時間に需要が集中すれば、送電線や変電所の容量が制約になります。
発電所と送電網を同時に整備する難しさ
発電能力を増やしても、需要地まで運ぶ送電線や変電所が不足すれば地域的な制約は残ります。逆に送電網が完成しても、接続する発電所が遅れれば十分な電力を送れません。ベトナム商工省は、調整後の第8次国家電力開発計画(PDP VIII)に基づき、発電・送電プロジェクトを前倒しするよう投資家と地方政府へ求めています。
停電リスクを高める4つの要因

1. 猛暑と渇水
猛暑は冷房需要を増やし、降雨不足や渇水は水力発電の出力を低下させる可能性があります。需要増加と供給制約が同時に起きると予備力が縮小し、設備故障など別の問題が重なったときの余裕が減ります。
2. 北部と南部の需給差
発電所の立地と大規模需要地が一致しないため、地域間送電が重要です。北部で需要が急増した場合、中部・南部や近隣国から送る系統の容量が制約になります。同じ省内でも、変電所と配電線が異なれば停電実績は変わります。
3. 発電・送電プロジェクトの遅延
LNG火力、再生可能エネルギー、送電線、変電所は、投資承認、用地、資金調達、接続条件などで遅れることがあります。政府は2026年、重要プロジェクトを予定より3〜6か月前倒しするよう求めています。需要の伸びが計画を上回ると、遅延の影響は大きくなります。
4. 局地的な設備障害と電力品質
全国供給量が足りていても、変電所や配電線の障害、落雷、工事、系統切り替えで地域的な停電は発生します。工場にとっては、完全な停電だけでなく、瞬時電圧低下、周波数変動、瞬断も重要なリスクです。
数秒の停電でも損失が大きくなる理由
生産設備の自動化が進むほど、短い電力変動の影響は大きくなります。工作機械、成形機、表面処理設備、冷凍冷蔵設備、サーバー、検査装置は、数秒の電圧低下でも安全停止する場合があります。
停止後は、単純に電源を入れ直せば再開できるとは限りません。仕掛品の除去、設備原点の復帰、温度・圧力の再設定、試運転、初品検査、データ整合性の確認が必要です。電源停止が数秒でも、復旧に数時間かかる構造があります。
影響が大きくなりやすい業種
- 半導体、電子部品、精密機器
- 樹脂成形、金属加工、表面処理
- 食品、飲料、冷凍冷蔵
- 医薬品、化学品、温度管理が必要な工程
- データセンター、クラウド、通信
- 自動倉庫、物流センター
停電による停止損失を計算する
バックアップ電源への投資を判断するには、停電時間だけでなく、停止1回あたりの総損失を計算します。基本式は次のとおりです。
停止損失 = 停止中の限界利益減少 + 仕掛品・原材料の廃棄 + 再起動工数 + 品質再検査 + 残業・特急輸送 + 納期遅延に伴う費用
たとえば、1時間あたりの限界利益が2,000万VNDのラインで、10分の瞬断後に3時間停止し、仕掛品廃棄5,000万VND、再起動と検査2,000万VND、残業・特急輸送1,500万VNDが発生したとします。この場合の概算損失は1億4,500万VNDです。電力が止まった10分だけで計算すると、投資判断を大きく誤ります。
| 損失項目 | 計算例 | 確認する記録 |
|---|---|---|
| 限界利益の減少 | 2,000万VND × 3時間 | 標準原価、時間当たり生産量 |
| 仕掛品の廃棄 | 5,000万VND | 廃棄票、材料ロット |
| 再起動・再検査 | 2,000万VND | 保全工数、品質工数 |
| 残業・特急輸送 | 1,500万VND | 勤怠、物流請求 |
| 合計 | 1億4,500万VND | 停止1件の総額 |
この計算は例であり、実際には製品単価、工程、復旧時間、顧客契約で変わります。過去の停止記録を使い、「瞬断1回」「30分停電」「4時間停電」の3ケースを作ると、UPSと発電機へ投資できる上限を比較できます。
重要設備を停止許容時間で分類する
すべての設備に同じ電源対策を入れると、過剰投資または容量不足になります。設備ごとに、電源停止から安全停止までの許容時間を決めます。
| 分類 | 停止許容時間 | 設備例 | 主な対策 |
|---|---|---|---|
| A:無停止 | 0秒 | PLC、サーバー、検査データ、通信 | オンラインUPS、二重化電源 |
| B:安全停止 | 数秒〜数分 | 成形機、炉、薬液工程、冷却系 | UPSで停止処理、発電機へ切り替え |
| C:継続運転 | 数分〜数時間 | 空調、照明、一般動力 | 非常用発電機、負荷優先制御 |
| D:停止可能 | 復電まで停止可 | 非重要事務機器、一部倉庫設備 | 手順に沿って停止 |
設備単体だけでなく、冷却水、圧縮空気、排気、排水、ネットワークなど共通ユーティリティも分類します。生産機に電源があっても、冷却水ポンプが止まれば運転を続けられません。
UPSと非常用発電機の使い分け

UPSは、商用電源が落ちた直後から給電し、制御機器、サーバー、通信、計測、設備の安全停止を支えます。非常用発電機は起動と安定まで時間がかかりますが、燃料がある限り大きな負荷を長時間支えられます。
発電機があるだけでは瞬断対策になりません。自動切替盤が発電機へ切り替えるまでにPLCやサーバーが停止する構成では、設備は毎回再起動します。UPSで数秒〜数分をつなぎ、発電機の電圧と周波数が安定してから負荷を移す設計が必要です。
容量設計で確認する項目
- 通常運転電力だけでなく、モーターやコンプレッサーの始動電流
- 発電機へ接続する負荷の優先順位と同時起動の防止
- UPSの必要保持時間、バッテリー劣化、周囲温度
- 燃料タンク容量、補給契約、長時間停電時の配送経路
- 自動切替盤の動作時間と手動切り替え手順
- 月次無負荷試験と定期的な実負荷試験
電力品質を記録して原因を切り分ける
瞬断や電圧低下は、原因が電力会社側、工業団地側、工場内のどこにあるか判断しにくい場合があります。受電点と重要分電盤へ電力品質計を設置し、電圧、周波数、停電時刻、継続時間、波形を記録します。
設備アラーム、PLCログ、UPSログ、発電機ログと時刻を合わせると、どの電源事象で何が停止したかを追跡できます。記録は、設備対策、電力会社との協議、保険請求、工業団地との契約見直しに使う根拠になります。
停電・瞬断ログに残す項目
- 発生日時、復電日時、継続時間
- 受電点の電圧・周波数・波形
- 停止した設備とアラームコード
- 仕掛品廃棄、復旧工数、再検査、納期影響
- 工業団地または電力会社からの説明
- 暫定対策、恒久対策、担当者、完了期限
工場の停電BCPを7段階で作る

- 重要設備を分類する:停止許容時間と安全停止に必要な電力を決めます。
- 停止損失を計算する:停電時間ではなく、生産再開までの総損失を出します。
- UPS容量を設計する:無停止負荷と安全停止負荷を分け、保持時間を決めます。
- 発電機負荷を確認する:始動電流、優先負荷、燃料、切り替え時間を確認します。
- 電力品質を記録する:受電点と重要設備の時刻を合わせ、原因を切り分けます。
- 復旧手順を訓練する:夜間、休日、責任者不在も想定して模擬訓練を行います。
- 契約・保険を確認する:通知、補償、免責、保険請求に必要な証拠を整理します。
復旧手順には、設備の再起動順、品質部門の判定、顧客への連絡、廃棄承認、生産計画の組み替えまで含めます。保全担当者だけの手順では、工場全体の復旧になりません。
工業団地・新規拠点を選ぶときの確認項目
進出先を比較するとき、土地価格や税制だけでなく、電力の供給経路と過去実績を確認します。「安定供給」と書かれた資料だけでは、瞬断や電圧低下の頻度は分かりません。
- 直近24〜36か月の計画停電、事故停電、瞬断の実績
- 受電する変電所、配電線、二回線受電の有無
- 契約可能容量と将来増設時のリードタイム
- 工業団地内発電、蓄電池、共同発電機の有無
- 停電通知の方法、通知時間、緊急連絡先
- 近隣工場の大口負荷と増設計画
- 発電機燃料の調達先、洪水時の配送経路
- 停電時の補償範囲と免責条件
可能であれば、工業団地運営会社の説明だけでなく、同じ配電系統を使う既存入居企業へ実績を確認します。停電回数が少なくても、毎回の瞬断で設備停止が起きているなら、自社工程との相性を別に評価する必要があります。
契約と保険で確認すること
電力供給契約、工業団地との賃貸契約、設備保険、利益保険では、停電による損害がどこまで対象になるかを確認します。停電時間、外部系統の事故、工場内設備故障、機械的故障、仕掛品廃棄では、補償条件が異なる場合があります。
請求には、発生時刻、電力会社の通知、電力品質ログ、設備アラーム、廃棄記録、復旧費、売上・利益への影響などの証拠が必要です。事故後に集めるのではなく、平常時から保存先と担当者を決めておきます。
2026年後半から2030年の見通し
ベトナム政府は、調整後のPDP VIIIに基づき、発電所、送電線、変電所、ラオスなどからの電力輸入を組み合わせて供給力を増強する方針です。2026年上半期は記録的な需要を吸収しましたが、需要増加が続けば、新規プロジェクトの遅延が供給余力へ直接影響します。
企業側は「全国で電力不足が起きるか」という予測だけに依存せず、自社拠点の配電系統、受電設備、工程の停止許容時間を確認する必要があります。設備投資は将来予測を当てるためではなく、発生確率と停止損失を許容範囲へ下げるために行います。
よくある質問
2026年のベトナムで計画停電は実施されていますか?
全国一律の計画停電が常態化している状況ではありません。ハノイでは2026年5月の記録的な猛暑時にも広域の計画停電を見送りました。ただし、地域的な工事、設備障害、系統過負荷による停止は別に発生します。
ホーチミン市とハノイではどちらのリスクが高いですか?
都市名だけでは判断できません。北部は猛暑時の需給逼迫が課題になりやすく、南部の工業地域でも瞬断や電圧変動は発生します。工業団地、変電所、配電線、工場内設備まで絞って比較してください。
発電機があれば停電対策は十分ですか?
十分とは限りません。発電機の起動までに設備が停止するため、瞬断に弱い制御装置やサーバーにはUPSが必要です。燃料、保守、実負荷試験、切り替え手順も定期的に確認します。
UPSは工場全体へ入れるべきですか?
通常は重要負荷を選別します。大容量モーターまで全てUPSで支えると費用が大きくなるため、制御、通信、安全停止に必要な負荷と、発電機で継続する負荷を分けます。
停電回数が少なければ対策は不要ですか?
回数だけでは判断できません。年1回でも停止損失が大きい工程なら投資効果があります。過去頻度、1回当たり損失、設備投資額、保守費用を比較してください。
まとめ
2026年上半期のベトナムは、過去最高の電力需要を記録しながら全国供給を維持しました。しかし、需要の伸び、猛暑、送電制約、プロジェクト遅延を考えると、停電リスクがなくなったわけではありません。
日系企業と製造業にとって重要なのは、長時間停電だけでなく、瞬断と電圧変動を含めて停止損失を計算することです。拠点ごとの停電履歴と受電構成を確認し、UPS、発電機、電力品質監視、復旧訓練、契約・保険を組み合わせる必要があります。
関連ニュース・解説
参考・出典
- ベトナム商工省:2026年上半期の電力供給
- ベトナム商工省:記録的需要と節電対策
- ベトナム商工省:ハノイの停電情報と需給
- ベトナム商工省:PDP VIII重要プロジェクト
- ベトナム電力公社:2026年の電源・系統運用方針


