ホンダはカナダでの電気自動車(EV)およびバッテリー工場建設計画を無期延期しました。米国市場におけるEV需要の低迷が背景にあり、同社は北米での戦略をハイブリッド車重視へと大きく転換する見込みです。Nikkei Asiaが報じるところによると、他の主要自動車メーカーも同様にEV戦略を見直しています。
EV工場計画の無期延期と戦略転換
ホンダは、カナダのオンタリオ州で計画していたEVおよびバッテリー工場の建設計画を無期延期すると発表しました。当初、同社は2024年4月に総額約1.1兆円(約3,550億バーツ)を投じ、年間24万台のEV生産能力を持つ工場を2028年に稼働させる計画でした。しかし、2025年5月にはすでに2年間の延期を決定しており、今回の無期延期はEV市場の短期的な回復が見込めないとの判断に基づいています。
この決定に伴い、ホンダは北米市場での戦略をEVからハイブリッド車へと大きくシフトします。米国市場でのEV販売が2026年第4四半期に前年同期比で36%減少する一方で、ハイブリッド車の新車市場シェアは前年の11%から過去最高の19%に急上昇しており、消費者の需要の変化が明確に表れています。
米国市場のEV需要低迷と他社動向
米国におけるEV需要の低迷はホンダに限った話ではありません。日産自動車はミシシッピ州でのEV2車種の生産計画を中止すると発表し、ゼネラルモーターズ(GM)、フォード・モーター、ステランティスといった大手メーカーも一部のEV開発を停止しています。これは、市場の期待と現実のギャップが浮き彫りになっていることを示しています。
ホンダは、GMと共同開発したEV「プロローグ」の生産を2026年後半に中止し、在庫がなくなり次第販売を終了する予定です。このモデルは2024年に発売されたばかりですが、販売促進のためディーラーへの多額の補助金が必要となっていました。これにより、ホンダの米国ラインナップから一時的にEVが消滅する可能性も指摘されています。
地政学的リスクとサプライチェーンへの影響
この計画延期の背景には、地政学的なリスクも存在します。当初、ホンダは米国での税制優遇措置(インフレ抑制法:IRA)を利用する目的もありましたが、ドナルド・トランプ前大統領の復帰が現実味を帯びる中で、これらの優遇措置が見直される可能性が浮上しています。実際に、S&P Globalの報告書でも、米国における保護貿易主義や米中貿易摩擦が自動車産業のサプライチェーン再構築に影響を与えていると指摘されています。
また、米国とカナダ間の貿易交渉の停滞も不確実性を増しています。ホンダはすでにカナダ政府から土地を購入し、財政支援を受ける準備を進めていたため、現在カナダ政府との交渉を開始しています。計画の全面中止も選択肢の一つとして検討されており、北米地域のEV政策の動向が注目されます。
グローバル戦略の見直しと今後の展望
ホンダは2030年までに、EVおよびソフトウェア分野への世界的な投資額を当初目標の7兆円から削減する方針です。これは、EV市場の成長鈍化に対応するための全体的な戦略転換の一環です。
2025年のホンダの世界販売台数は前年比8%減の352万台でした。特に中国市場では、現地メーカーとの価格競争が激化し、2020年のピーク時と比較して60%も販売が減少しています。一方で、北米市場は内燃機関車とハイブリッド車の堅調な需要に支えられ、全体の40%以上を占めるまでに成長しており、今回の戦略転換の重要性が伺えます。ホンダは5月14日に今後の事業計画に関する記者会見を行う予定で、北米戦略の再構築、中国での損失阻止、インドでの成長戦略などが発表される見込みです。
今回のホンダのEV工場計画無期延期は、単なる企業戦略の変更に留まらず、世界の自動車産業が直面する構造的な課題を浮き彫りにしています。特に、米国市場におけるEV需要の伸び悩みは、充電インフラの不足や高価格帯といった消費者の懸念に加え、地政学的リスクや保護貿易主義の台頭がサプライチェーンに与える影響と深く関連しています。主要国における自動車生産・販売動向に関するジェトロの報告でも、米国の保護貿易主義や米中貿易摩擦がサプライチェーン再編の要因となっていることが指摘されており、ホンダの決断はこうした大きな流れの中で理解することができます。
在住日本人や日系企業にとっては、ホンダの動向はタイを含むASEAN地域への影響を考える上で重要な指標となります。グローバルサプライチェーンの再構築が進む中で、EV生産のシフトやハイブリッド車への回帰は、部品供給網や投資戦略にも影響を及ぼす可能性があります。特に、タイは自動車産業の一大拠点であり、EVシフトを進める政府の動きと、世界的な市場の現実との間で、今後どのようなバランスが取られていくのか、その動向は在タイ日系企業の事業戦略に直接的な影響を与えるでしょう。


