ベトナム発の再利用可能容器プロジェクト「ループ(Loop)」が、世界各地で事業縮小に追い込まれています。世界経済フォーラムで注目され、巨額の投資を集めながらも、北米や日本市場では展開が困難となり、循環経済への移行の難しさを浮き彫りにしています。ベトナムのニュースメディアVNエクスプレスがこの動向を詳しく報じました。
再利用可能容器プロジェクト「ループ」の誕生と挫折
7年前、世界経済フォーラム(WEF)で、ベトナムを拠点とするスタートアップ、テラサイクル(TerraCycle)が画期的なアイデアを発表し、大きな注目を集めました。使い捨てプラスチックを代替するため、一般消費財向けの再利用可能容器を提供するプロジェクト「ループ」です。このモデルでは、消費者は使用済みの容器を自宅前や提携店舗に返却し、デポジットを受け取ります。ループ側が容器を回収、殺菌、再充填し、再びスーパーの棚に戻すという仕組みです。これにより、一つの容器を最大100回再利用し、環境に排出されるごみの量を大幅に削減できると期待されました。当時、CNNはテラサイクルを「使い捨てプラスチックごみから世界を救う」存在と称賛しました。
テラサイクルは、プリンストン大学を中退してリサイクル製品のビジネスモデルを追求したトム・サキー(Tom Szaky)氏が創業しました。同社のオフィスは、ペットボトルを再利用した壁など、ごみで装飾されていることでも知られています。2021年には、タイム誌の「世界で最も影響力のある100社」にも選ばれるなど、その社会貢献性が高く評価されていました。
巨額の投資と大手企業の支援、しかし北米・日本市場で失敗
ループプロジェクトは、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)、ユニリーバ、ネスレ、ペプシコ、モンデリーズ・インターナショナルといった世界的な消費財大手企業の強力な支援を受けました。プロジェクト開始から1年後には、P&GとネスレがシリーズAラウンドで総額2500万ドル(約37億円)を投資。さらに、英国のスーパーマーケットチェーンであるテスコやマクドナルド、日本のイオン、カナダのファストフードチェーンであるティム・ホートンズなど、多くの有名ブランドが提携に参加しました。
しかし、こうした多大な支援と消費者の期待にもかかわらず、ループの試験的プロジェクトは、2021年に北米、日本、英国市場で静かに閉鎖されました。唯一、フランス市場でのみ規模を拡大することができました。カナダの放送局CBCは、ループの立ち上げ時期が「完璧だった」と指摘しています。2019年は、世界中の企業が社会的責任を推進し、北米ではレジ袋やプラスチック製ストローの禁止令が広がるなど、環境意識が高まっていた時期でした。パッケージング業界専門誌『パッケージング・ダイジェスト』のリサ・マクティーグ・ピアース(Lisa McTigue Pierce)編集長も、消費者が多くの包装ごみを排出した後、「変化を待ち望んでいた時期にループが登場した」と述べています。
消費者の「意識」と「行動」の間に立ちはだかる壁
イェール大学のラヴィ・ダール(Ravi Dhar)教授は、消費者の「ニーズ」や「喜んでお金を払う」という約束が、必ずしも実際の行動に結びつくわけではないと指摘します。例えば、「健康的な食生活を送る」という決意は朝食時には有効でも、一日の終わりに疲れて健康的な食事の準備が面倒になると、ピザを注文してしまうようなものです。
再利用可能な容器についても同様で、消費者は食料品店で、容器が安いか、食品を新鮮に保てるか、持ち運びやすいかといった「利便性」を優先します。イェール大学の専門家は、過去5年間で学んだことの一つとして、「CEOたちは、彼らにとって利益をもたらしにくい活動にはコミットしない」という点を挙げています。ループの創業者サキー氏も、すべてのパートナー企業が「再利用可能容器の需要が売上につながらない限り、経営陣を説得して規模を拡大することは難しい」という共通のメッセージを伝えてきたと明かしました。
フランスでの成功事例と政策の役割
一方で、フランスではループのプロジェクトが目覚ましい発展を遂げています。サキー氏によると、フランス全土の500店舗以上のスーパーマーケットで、400種類以上の製品に再利用可能容器を提供できているとのことです。この成功の背景には、フランス政府の「反廃棄物・循環経済法」による「飴と鞭」の政策があります。この法律は、2040年までに使い捨てプラスチックを撤廃するという目標を掲げています。
具体的には、フランスの法律は、中規模および大規模の小売業者に対し、2030年までに店舗面積の少なくとも20%を量り売り製品または再利用可能容器製品に充てるよう義務付けています。さらに、政府はこうした移行を支援するための補助金も提供しています。これにより、ループの成功は飛躍的に増加しました。
規模拡大と利便性の追求、小売業者の鍵
サキー氏は、ある店舗で提供する製品が5種類しかない場合、売上も容器の返却率も低かったが、約50種類に増えると売上が急増し、返却率も15%から80%に向上したと語っています。また、1つの容器を返却して10セント(約15円)を受け取るよりも、複数の容器をまとめて返却して5ドル(約750円)を受け取る方が、消費者の動機付けになることも発見しました。サキー氏は「これはループにとって閃きの瞬間だった」と述べ、規模拡大における「利便性の役割」の重要性を強調しています。
ループの創業者は、世界全体で再利用可能容器への移行が進むためには、他国もフランスと同様の政策を採用する必要があると強く訴えています。また、事業運営の観点からは、消費財メーカーに焦点を当てるよりも、小売業者を巻き込むことの方が重要だと認識しています。なぜなら、小売業者は「真に支配力」を持ち、このモデルを推進するための手段を持っているからです。例えば、小売業者は消費者が買い物の際に容器を返却しやすい環境を整えたり、自社と取引のあるブランドに協力を促したりすることが容易です。
循環経済への挑戦と未来への希望
古びたセーターを着て、ペットボトル製の壁の前に立つサキー氏は、再利用が廃棄物削減ソリューションの一部であるという自らの主張を揺るぎなく貫いています。彼は、ループのソリューションが市場で再び活気を取り戻すことを願っています。「それが未来だ。我々はただ生き残り、消費者を動機付ける日が本当に爆発的に訪れるのを待つだけだ」と語りました。
ベトナムを含む多くの新興国では、プラスチックごみ問題が深刻化しており、環境負荷低減は喫緊の課題です。しかし、使い捨て文化が根強く、価格と利便性を重視する消費者が多いため、再利用可能容器のような新たな消費行動を促すのは容易ではありません。日系企業がベトナム市場で再利用可能な製品やサービスを導入する際には、単に環境に良いというだけでなく、消費者が「手間なく」「お得に」利用できるようなデポジット制度や回収インフラ、そして魅力的なインセンティブ設計が不可欠となるでしょう。
今回のループの事例は、循環経済への移行が企業努力だけでは限界があり、政府の強力な政策的後押しが不可欠であることを示唆しています。フランスのように、小売業者に再利用可能な選択肢の提供を義務付けたり、補助金で支援したりするような包括的な政策がなければ、消費者の行動変容を大規模に促すことは難しいでしょう。ベトナム政府も、持続可能な発展を目指す上で、市場原理に任せるだけでなく、より積極的な政策介入を通じて、循環経済への移行を加速させる構造的な仕組みを構築する必要があると言えます。


