イランと米国・イスラエル間の紛争激化によりホルムズ海峡が実質的に封鎖され、湾岸諸国は物流の再編を迫られています。サウジアラビアの鉱業大手マーデンは、わずか2週間で数千台の大型トラックを動員し、砂漠を横断する大規模な陸上輸送ネットワークを構築したとVnExpressが報じています。
ホルムズ海峡の「ボトルネック」と湾岸諸国の対応
2月末にイランと米国・イスラエル間の紛争が勃発し、世界の石油供給の約20%と世界の農業用肥料の3分の1が通過するホルムズ海峡は、事実上の二重封鎖状態に陥りました。イランは「安全保障」を理由に「友好的な」国の船舶のみの通過を許可し、一方、米国も4月13日からイラン関連船舶のホルムズ海峡通過を封鎖しました。この事態を受け、湾岸諸国は「ホルムズのボトルネック」への依存を減らすべく、物流地図の再構築を急ピッチで進めています。
サウジアラビアの鉱業大手マーデン(Maaden)のボブ・ウィルト最高経営責任者(CEO)は、直ちに幹部を紅海の港に派遣し、対策を検討。その結果、わずか2週間でサウジアラビアを横断する肥料輸送の物流網を構築しました。このネットワークの中核を担うのは、昼夜を問わず稼働する数千台の大型トラックです。ウィルト氏は「当初600台だったトラックは1,600台、2,000台と増え、現在は3,500台のトラックが湾岸地域から紅海へ向かって運行している」と語り、5月末までには輸出在庫を解消できる見込みを示しています。
世界経済への影響と代替ルートの重要性
ホルムズ海峡の混乱は、世界的な市場に混乱をもたらし、原油価格を高騰させています。特に肥料の供給不足は、世界的な食料供給に影響を及ぼす可能性があり、米国とイランの交渉が膠着状態にある中、マーデンの取り組みは肥料不足の緩和に貢献しています。砂漠を横断する貨物輸送は、湾岸諸国がホルムズ情勢の沈静化を待つ間、貿易の流れを維持するための余地を生み出しています。
この動きは、MSCやマースクといった世界的な海運会社も追随し、アラビア半島を横断するトラック輸送への切り替えを進めています。この陸上ネットワークは、海運輸送の能力やコスト競争力に完全には及ばないものの、現在の状況下では一定の効果を発揮しています。UAEのスーパーマーケットチェーン「スピニーズ」は、英国ケント州から西ヨーロッパ、エジプト、サウジアラビアを経由し、ドバイまで16日かけてポテトチップスやオートミールなどの食品を輸送するトラック便を運行しています。
UAEにおける鉄道・港湾インフラの強化
UAEでは、鉄道輸送も重要な代替手段として浮上しています。エティハド・レール・フレイト社は最近、UAE東海岸のフジャイラ市からペルシャ湾沿いのアブダビまで、数百台の自動車を鉄道で輸送しました。これは国内で初めての鉄道による自動車輸送であり、インフラの多角化を示すものです。
また、サウジアラビアの国営石油会社サウジアラムコは、紅海沿岸のヤンブ港につながる東西パイプラインを活用し、UAEはフジャイラを通じた原油輸送を強化しています。両国はこれらの石油輸送ルートの能力増強を図り、鉄道建設や港湾インフラの拡張を検討しており、これは「世界のカーボンニュートラル目標と中東の経済・産業の将来展望」に関する報告書でも示唆されている、中東諸国の経済多角化とインフラ投資の加速と一致します。
ヤンブより小規模なホルファッカン港は、UAEにとって「生命線」となりました。イラン紛争勃発以来、オマーン湾に位置するこの港を通過するトラックの数は、1日100台から最大7,000台へと激増しています。コンテナを積んだ大型トラックの長い列は、今や高速道路の日常的な光景となっています。ホルファッカン港を運営するガルフトレーナー社は、わずか2週間で900人の従業員を増員し、顧客対応スタッフを車両ヤード管理やゲート管理に配置転換しました。また、貨物の分類と調整を行うための新しいトラック集積場も開設しました。ガルフトレーナーのファリド・ベルブアブCEOは、「まるで一夜にしてモーツァルトの交響曲を演奏するオーケストラを編成するようなものだった」と表現しています。
サウジアラビアの長期戦略とマーデンの役割
この危機は、マーデンのグローバル規模での事業能力を試す機会でもあります。サウジアラビア政府は、今後10年間で1,100億ドル(約16.5兆円)を投資する計画の一環として、マーデンにリン酸塩、金、アルミニウムの生産拡大を要請しています。同社はまた、レアアース精製プロジェクトにおいて米国企業や米国防総省と協力しており、サウジアラビアを中国への供給依存度を低減する上で重要な拠点と位置付けています。
マーデンは、サウジアラビアを世界第3位のリン酸塩輸出国に押し上げる役割を担っています。リン酸塩は採掘され、粒状に加工された後、通常はホルムズ海峡を経由して輸送されます。広大な砂漠を越えて貨物を輸送することは、サウジアラビアが比較的整備された国内高速道路網を持っているため、ある程度容易です。しかし、紅海沿岸の港はリン酸塩の取り扱いを想定して建設されていなかったため、マーデンはプレハブ倉庫を設置し、リン酸塩生産に不可欠な硫酸をタンク車に注入するためのパイプラインシステムを構築する必要がありました。
ウィルト氏は、多くのトラックが帰路で空荷になるため、陸上輸送ルートは非効率だと認めていますが、商品の価格が大幅に上昇しているため、発生する輸送コストは相殺されていると述べています。「我々は自らの能力を証明した」とウィルト氏は語り、「今後はこのシステムを強化し、常に紅海へのルートを確保する必要がある」と強調しています。
今回のホルムズ海峡封鎖という地政学的リスクに対し、湾岸諸国が陸上輸送網の強化で対応している事実は、その経済構造における戦略的柔軟性を示唆しています。特にサウジアラビアのマーデン社が短期間で大規模なトラック輸送網を構築したことは、国家レベルでの経済安全保障に対する強いコミットメントと、インフラ投資の厚みが背景にあると分析できます。これは「自由で開かれた国際秩序の擁護」といった広範な外交政策とも連動する動きであり、単なる危機対応に留まらない長期的な戦略の一環と捉えるべきでしょう。
この代替ルートの構築は、在住日本人や日系企業にとっても重要な示唆を与えます。中東地域のサプライチェーンは、地政学的リスクによって突如として寸断される可能性があることを改めて浮き彫りにしました。しかし同時に、迅速なインフラ整備と既存資源の活用により、危機を乗り越える弾力性も持ち合わせていることが分かります。今後、この地域に進出する企業は、物流ルートの多角化やリスク分散を前提とした事業計画を策定する必要があり、特に石油・ガス、肥料といった基幹産業に関わる企業にとっては、今回の事例が具体的なリスクヘッジ戦略を再考する契機となるでしょう。


