ホームタイタイ、旧車交換計画を断念 バンコクの廃車問題が壁に

タイ、旧車交換計画を断念 バンコクの廃車問題が壁に

※画像はイメージです(AI生成)

タイ政府は、環境対策と経済活性化を目指した「旧車新車交換プログラム」の導入を断念しました。この決定は、廃車となった車両の適切な処理システムと法整備が国内に不足していることが主な原因とされています。Prachachatが報じたところによると、米国やドイツの過去の失敗例から学び、日本のような強固なリサイクル基盤の必要性が浮き彫りになりました。

タイ政府、「旧車新車交換プログラム」を中止

タイ政府は、国民が旧式の自動車を電気自動車(EV)、ハイブリッド車、電動バイクなどの新しい環境対応車に買い替える際に、税制優遇や補助金を提供する「旧車新車交換プログラム(Scrappage Scheme)」を計画していました。これは経済の活性化と、バンコクなどの都市部で深刻化するPM2.5汚染の削減を目的としていましたが、最終的に「計画の棚上げ」が発表されました。

廃車処理インフラの未整備が主な原因

政府がこの計画から撤退した主な理由は、予算不足ではなく、「使用済み自動車(ELV)の管理と処理システムがボトルネックとなっている」ためです。タイには、効率的な廃車リサイクル工場や、使用済み自動車の解体・処理を規定する法律がまだ整備されていません。このまま補助金を支給して計画を強行すれば、かえって「毒性廃棄物危機」を招き、都市部に大量の廃車が溢れる事態になりかねないと判断されました。

米国「Cash for Clunkers」の教訓:環境汚染と市場の歪み

世界経済の歴史を振り返ると、タイが直面するこの問題は他国でも発生しています。2009年のリーマンショック後、米国ではバラク・オバマ政権が「Cash for Clunkers(正式名称:Car Allowance Rebate System, CARS)」という大規模な経済刺激策を実施しました。このプログラムでは、燃費が悪く汚染物質を多く排出する旧車を新車に買い替える国民に対し、最大4,500ドル(約22,500円)の補助金を支給するため、総額30億ドル(約1,500億円)もの予算が投じられました。

経済効果の面では、短期間で68万台以上の旧車が交換され、プログラムは記録的な成功を収めました。しかし、問題はその後に発生します。政府は旧車が中古市場に再流通するのを防ぐため、整備工場にエンジンオイルの代わりに化学物質「ケイ酸ナトリウム」を注入し、エンジンを完全に破壊するよう義務付けました。この性急なプロセスにより、米国のリサイクル産業は麻痺状態に陥り、全国の自動車解体場は数十万台の廃車を処理しきれず、数ヶ月間、廃車の山が積み上がりました。これにより、ギアオイル、ブレーキフルード、残留化学物質などが地中や周辺の水源に漏れ出し、環境汚染が深刻化しました。さらに、全米経済研究所(NBER)の研究では、この政策が中古車市場を歪め、価格を高騰させ、低所得者に悪影響を与えたと指摘されています。

ドイツ「Abwrackprämie」の教訓:国際的な廃車密輸と経済犯罪

世界有数の自動車大国であるドイツも、2009年に「Abwrackprämie」という同様のプログラムを導入しました。9年以上使用された旧車を廃車にし、排ガス基準を満たす新車に買い替えるオーナーに対し、2,500ユーロ(約12,500円)の補助金が支払われました。この政策により、国内の新車販売台数は過去最高を記録し、200万台以上の旧車がプログラムに登録され、ドイツ自動車産業は世界経済危機を乗り切ることに成功しました。

しかし、その成功の裏で、ドイツは国を揺るがすスキャンダルに直面します。中央刑事局(BKA)の捜査により、廃車確認システムに大きな抜け穴があることが発覚しました。ドイツでは、オーナーが解体業者からの廃車証明書を提出して補助金を申請する方式が採用されていましたが、これが「組織的な経済犯罪」と国際的な汚職を生み出しました。自動車メディアTTACの分析レポートによると、このプログラムは「国際的な犯罪組織」が利益を得るための大きな抜け穴となり、地方の解体業者と共謀して偽の廃車証明書を作成し、ドイツ政府から補助金を不正に受け取っていたのです。これらの旧車は密かにコンテナでアフリカや東欧諸国に密輸され、高値で転売されていました。国民の税金が環境保護ではなく、マフィアの違法な車両取引に資金を提供していると批判されました。

日本が成功した理由:4年前からの「自動車リサイクル法」

欧米諸国が混乱に見舞われる中、アジアで唯一、エネルギー効率の高い自動車に対する減税・補助金政策(エコカー減税)を円滑に実施し、環境問題に関する批判をほとんど受けなかった国があります。それが日本です。

日本の成功の秘訣は、他国よりもリサイクル工場が速く稼働できたからではなく、「プログラム開始前にインフラ問題を解決する」という先見の明にありました。日本政府は、経済危機や自動車販売促進プログラムが始まる4年も前の2005年から「使用済み自動車の再資源化等に関する法律(自動車リサイクル法)」を施行していました。この法律の核心は、持続可能なメカニズムを構築することにあり、日本で新車を購入するすべての顧客に、車両の購入初日から「リサイクル料金」を前払いするよう義務付けています。この基金は政府によって管理され、全国のリサイクル産業ネットワークの運営費用に充てられます。

法律が明確な義務を定めたことで、エアバッグやエアコンの冷媒(CFCs)などの危険な化学物質の分別、鉄やプラスチックの分離システムが発展し、高水準のリサイクル産業が確立されました。その結果、日本政府が旧車から新車への買い替えを促進する措置を発表した際、100%準備が整っていた解体・リサイクル産業は、膨大な数の廃車を滞りなく受け入れることができました。日本では、廃車の重量の95~98%もの高いリサイクル率を達成し、国に負担となる廃棄物を残していません。

タイが計画を「断念」せざるを得ない3つの理由

これらの国際的な教訓を踏まえ、タイ政府が今回のプログラムを一時停止するという判断は、現実に基づいた正確な分析と言えるでしょう。その主な理由は以下の3点です。

  • タイには正式なELV法が存在しない
    現在、タイには国際標準に準拠した廃車リサイクルを義務付けるシステムがありません。タイの旧車は放置されたり、中古部品業者(シアンコン)に売却されて、その場しのぎで解体されることが多く、多くの小規模業者ではギアオイル、ブレーキフルード、バッテリー内の化学物質などの危険な廃棄物を適切に処理するシステムがありません。プログラムを急げば、これらの危険な廃棄物が環境中に漏出するリスクが高まります。

  • 国内のリサイクル工場能力が「不十分」
    現在、タイ工業省やタイ工業団地公社(IEAT)は、日本と協力して廃車リサイクル工場を設立するためのMOUを締結し、試作工場を稼働させ始めています。しかし、商業的規模や生産能力(キャパシティ)の面では、国全体の状況は依然として限定的であり、短期間に数十万から数百万台の旧車が流入した場合に対応することはできません。

  • 環境面での費用対効果が不透明
    環境科学的なデータは、1台の自動車を解体し、新しい自動車を製造するプロセスには、膨大な炭素排出量(製造排出量)が伴うことを明確に示しています。タイのリサイクルシステムが依然として旧式の技術を使用し、クリーンエネルギーに依存していない場合、PM2.5削減という末端の目標のためにプログラムを強行することは、世界全体の温室効果ガス排出量を増加させることになり、費用対効果が見合わない可能性があります。

したがって、「旧車新車交換プログラム」が持続可能に実現するためには、単に税金を使って補助金を支給したり、新車の価格を下げたりするだけでは不十分です。最も重要なのは、日本のように周到な計画を立て、「廃車リサイクル産業の基盤」と強固な法的規制を確立することが先決であると言えるでしょう。

今回のタイ政府による「旧車新車交換プログラム」の棚上げは、単なる政策の頓挫ではなく、タイが直面する構造的な課題、特に廃棄物管理と環境法整備の遅れを浮き彫りにしています。JICAのレポートが示す「EVロードマップ」のように、タイは将来の自動車産業の方向性を見据えていますが、その一方で、使用済み自動車(ELV)の適正な処理という「負の側面」への対応が追いついていない現状が明らかになりました。

この政策変更は、タイに居住する日本人や日系企業にも影響を及ぼす可能性があります。例えば、自動車関連企業にとっては、今後タイ政府がどのような形でELV法やリサイクルインフラ整備を進めるかによって、投資戦略や事業展開に大きな影響が出ることが予想されます。また、一般の在住者にとっても、将来的に旧車の処分や新車購入時のインセンティブがどうなるか、タイの自動車市場の動向を注視する必要があるでしょう。

AsiaPicks 編集部
AsiaPicks 編集部
タイ・ベトナム・インドネシアの最新ビジネスニュースを日本語で毎日配信。現地メディアの一次情報をもとに、日系企業・駐在員の意思決定に役立つニュースを厳選してお届けします。
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