タイの主要ショッピングモールは、経済の逆風とEコマースの台頭に対抗するため、単なる商品販売から「体験」の提供へと戦略を大きく転換しています。大手各社は、イベントやエンターテイメントを強化し、顧客の購買意欲を刺激することで、ショッピングセンターを地域社会のハブへと進化させようとしています。この新たな取り組みについて、Prachachatが報じました。
バンコクの主要モールが仕掛ける新たな「体験型」戦略
タイの主要ショッピングモール運営会社であるセントラル、ザ・モール、シーコンスクエアは、消費者の購買行動の変化と激化する市場競争に対応するため、施設を単なる「買い物の場」から「体験の場」へと変革する戦略を推進しています。タイの小売・卸売業界は、国内需要の縮小、競争激化、原材料費・燃料費の高騰といった課題に直面しており、顧客を呼び込む新たな魅力の創出が急務となっています。
各社は、顧客が長時間滞在し、さまざまな活動を楽しむことができるよう、ライフスタイル、エンターテイメント、食、そして主要な祝祭イベントを組み合わせた多角的なアプローチを展開。これにより、実店舗ならではの価値を提供し、オンラインショッピングとの差別化を図っています。
セントラル:音楽とコミュニティで集客
セントラル・パッタナー社(CPN)のマーケティング担当上級マネージングディレクター、Dr. ナッタキット・タンプンシンタナー氏は、同社がショッピングセンターをライフスタイルプラットフォームおよび地域コミュニティの中心へと進化させる戦略を進めていると説明しました。多様なイベントやコンサート、新しいレストランなどを通じて、終日楽しめる「マグネット」を創出しています。
この戦略は、顧客の施設訪問数を明確に増加させており、例えばソンクラーン(タイ正月)期間中には全国で1,500万人以上(バンコクのセントラルワールドでは500万人以上)が訪れました。さらに、2026年にはプライドイベントの開催拠点を2023年の9店舗から40店舗へと大幅に拡大し、約130万人の参加者を見込んでいます。
CPNは、エンターテイメント分野も強化し、音楽イベントを通じてショッピングセンターを「ミュージック・コミュニティ」へと昇華させています。プランBメディア傘下のベースライン・エンターテイメント社との協業により、全国のセントラル施設内のホールをコンサートプラットフォームとして活用する「ザ・セントラル・ステージ」を立ち上げました。この取り組みは、「リアルタイム・アクティベーション」、コミュニティ主導型スペース、全国展開可能なプラットフォームという3つの柱で構成されています。例えば、ルンピニー公園で人気のエアロビクスブームを全国規模のヘルスプラットフォームへと発展させるなど、スポーツとライフスタイルを融合したイベントも積極的に展開しています。
シーコンスクエア:年間50以上の大型イベントで差別化
シーコン・ディベロップメント社のマーケティングコミュニケーション部門ディレクター、Dr. ジャクラポン・ジャンウィモン氏は、シーコンスクエアの重要な戦略は、ショッピングセンターを「体験の場」として発展させることだと語っています。人々が時間を過ごし、共に楽しみ、思い出を作れる場所を提供することで、家族連れや若者、新しいライフスタイル活動を求める消費者層へのアプローチを強化しています。
シーコンスクエアは、開業から30年以上にわたり、中央広場で開催される大規模イベントで他社との差別化を図ってきました。現在、シーコンスクエアの2店舗で年間合計50ものイベントが開催されており、これは各店舗で約2週間に1度のペースで新しいイベントが開催される計算になります。
その一例として、2026年5月初旬にシーナカリン店で開催された「バー・B・ゴルフ」が挙げられます。バーベキュープラザと共同で開発されたこのイベントは、1,500平方メートルを超えるバーベキューをテーマにした18ホールのミニゴルフコースを設置。これは、家族や友人が一緒に楽しめる新しい体験を提供し、施設での滞在時間を増やすことを目的としています。ゴルフがライフスタイルとして人気を集めていることに着目し、年齢問わず誰もが楽しめるミニゴルフとして再解釈することで、幅広い層の参加を促しています。
ザ・モール:ファン層経済と食の祭典で差別化
ザ・モール・グループのマーケティング担当最高責任者、ワララック・トゥラポーン氏は、2026年に同社が「Retailtainment(リテールテイメント)」戦略を「Fandom Economy(ファン層経済)」へと発展させると述べました。このファン層経済は、eコマースやデジタルディスラプションに対抗し、「体験」と「感情的な結びつき」を通じてオンラインとオフラインの差別化を図る上で不可欠な要素となります。文化創造産業におけるファンイベントの重要性が高まる中、ザ・モールはファン層を「トラフィック、エンゲージメント、消費を同時に生み出す新たな経済ドライバー」と位置づけています。
さらに、スーパーマーケットおよび食品部門の最高責任者、スパウット・チャイプラシットクン氏は、エンターテイメント体験に加え、飲食分野での体験型マーケティング戦略も推進していると語りました。その一環として、「ハングリー・ジャーニー #4」キャンペーンを実施。レシート1枚あたり120バーツ(約600円)以上の利用で「ハングリーポイント」が貯まる仕組みを導入し、顧客の継続的な消費を促しています。
今年のグルメイーツキャンペーンでは、パラゴン店を中心に、ロンドン発の人気ドーナツブランド「ブレッドアヘッド」(2026年5月30日開業)、日本発の老舗抹茶ブランド「利休園」(2026年6月開業)、人気のクロワッサン店「スローバター」など、国際ブランドから地元のストリートフードまで、幅広い飲食店が出店し、あらゆる顧客層のニーズに応えています。
日系ブランドも牽引するタイの消費熱
最近のタイのショッピングモールでは、人気店に長蛇の列ができる現象が頻繁に見られます。特に注目されたのは、2026年上半期にセントラル・チェンワッタナーにオープンした日本の大手スーパーマーケットチェーン「ロピア・ジャパン」のタイ1号店です。日本からの新鮮な食材、食品、菓子を手頃な価格で提供し、多くの顧客が開店前から列をなしました。また、2025年後半にはセントラル・ウェストゲートに日本のライフスタイル小売チェーン「ドン・キホーテ」がオープンし、同様に大きな注目を集めました。これらの事例は、タイの消費者が日本のブランドやユニークな商品、そして新しいショッピング体験に対して高い関心を持っていることを示しています。
タイ在住者にとって、今回の主要モールによる戦略転換は、日々の生活における選択肢の増加と体験の質の向上を意味します。特に週末の過ごし方や家族でのレジャーにおいて、単なる買い物だけでなく、コンサート、スポーツイベント、テーマ型ミニゴルフといった多様なアクティビティがショッピングモール内で楽しめるようになるでしょう。これは、高温多湿な気候や交通渋滞といったタイ特有の環境要因から、屋内で快適に過ごせる場所へのニーズが高いことを背景にしています。
この動きは、タイ経済が直面する課題、特に国内消費の伸び悩みとEコマースの拡大に対する小売業界の構造的な対応策と捉えられます。単価の高い商品販売から、顧客の滞在時間を延ばし、飲食やエンターテイメント、イベント参加による消費を促すことで、一回あたりの消費額減少傾向を補い、全体の売上を確保しようとする戦略です。これは、ジェトロが指摘するフィットネスクラブ需要の高さや、観光消費におけるレストラン・小売での消費額の重要性といった、タイにおける消費行動の特性とも合致しています。


