ホーチミン市で、ベトナム戦争時の兵士の集団埋葬地とみられる場所の本格的な調査が始まった。かつてドー・タイン墓地だったレ・ティ・リエン公園で、58年前に埋葬を目撃した男性の証言に基づき、ホーチミン市司令部が詳細な現地調査を進めているとVnExpressが報じた。
目撃者の証言から探る集団埋葬地
5月31日、ホーチミン市司令部は、70歳のヴォー・フイ・ティン氏をレ・ティ・リエン公園(旧ドー・タイン墓地)のホア・フン区に招き、現場調査を行った。ティン氏は58年前、自身が12歳の時にこの場所で兵士たちが集団で埋葬される様子を目撃したと証言している。当時、サイゴン市内で激しい戦闘が続き学校が閉鎖されていた時期で、ティン氏は友人たちとドー・タイン墓地を訪れたという。
ティン氏によると、ベトナム共和国軍のトラックがレ・ヴァン・ズイエット通り(現在のカック・マン・タン・タム通り)から墓地に入り、爆弾や銃弾で損傷し、原型を留めないほど膨れ上がった約10体の遺体を運んできたという。遺体の中には、黒いバー・バー・デンの服を着た者もいたと述べている。
埋葬方法と場所の特定
衛生局の職員が、長さ10m以上、深さ約5mの長方形の穴に遺体を運び込み、悪臭を抑えるために白い粉を撒いたとティン氏は語る。「遺体はまるでイワシの缶詰のようにきれいに積み重ねられ、ブルドーザーで土が埋め戻されました」とティン氏は当時の状況を詳細に説明した。
ティン氏が特定した埋葬地の位置は、墓地の入り口から約50m左側(レ・ヴァン・ズイエット通りからの眺め)だという。現在のレ・ティ・リエン公園の地図と照合すると、この場所はカック・マン・タン・タム通り沿いの公園入り口の裏手にある伝統的な家屋の近く、バク・ハイ住宅地から約500m離れた場所と一致する可能性が高い。ティン氏は戦後、兵役につきカンボジアでの戦闘にも参加。負傷してホーチミン市に戻った後も、この集団埋葬の記憶は鮮明であり、「殉職した兵士たちの捜索に貢献したい」と語っている。
歴史的な写真が調査の契機に
調査団を率いるホーチミン市司令部のグエン・タイン・チュン少将は、今回の捜索活動がAP通信の元記者が最近送付した写真に端を発していると説明した。その写真には、1968年にチー・ホア墓地(ドー・タイン墓地とも呼ばれる)の空き地で、2人の男性と3人の子供が兵士の埋葬を見守る様子が写されている。この歴史的な写真は、ベトナム戦争における1968年のテト攻勢後の混乱と悲劇を物語る貴重な資料となっている。
チュン少将は、多くの歴史資料を総合すると、現在のレ・ティ・リエン公園がある地域は、1968年のテト攻勢後、サイゴンの特殊部隊や工作員が2つの深い長方形の溝に集団で埋葬された場所であると初期段階で結論付けている。公園が1983年に建設される前にも、当局はここで十数体の殉職兵士の遺骨を収集していたという。これらの資料、写真、そして目撃者の証言から、集団埋葬地は公園内の伝統的な家屋とテ・フック橋の近くにある可能性が濃厚とされている。
今後の調査と遺骨収集計画
グエン・タイン・チュン少将によると、今回の調査後、ホーチミン市司令部は第7軍区殉職兵士遺骨捜索・収集・身元確認指導委員会に報告を行う予定だ。同時に、情報を集約し、疑わしい地域を絞り込むためのワークショップも開催される。
さらに、ホーチミン市自然科学大学地球物理学科と協力し、超音波(ソナー)を用いた地球物理探査装置を使い、遺骨が埋まっている可能性のある地点の地中を調査する計画だ。この詳細な調査を経て、遺骨の収集計画が策定されることになっている。この一連の動きは、ベトナム戦争の記憶と遺産を次世代に伝える重要な取り組みとして注目されている。


